大型研究施設の活用と技術のライフサイクル

今日味新深(No.81:2014/5/14)

 弊社では、研究開発全般に関わる調査を行っております。今回は、企業が最先端技術の研究開発を行う場合の選択肢のひとつとして、公的な大型研究施設、例えばSPring-81)、J-PARC2)、地球シミュレータ3)、スパコン「京」4)等を活用することのメリットとデメリットを考察してみます。

 そのような施設をうまく活用すれば、自社で高価な設備を保有することがないだけでなく、さらに国の制度と組み合わせて研究開発のコストダウンを図ることができます。一方で、研究成果を公開しなければならないという条件がつく場合もあり、このバランスをどう考えるかが重要と思われます。

 一例として、自動車タイヤ向け新素材開発に取り組んだメーカーのケースをご紹介します。
自動車およびタイヤを取り巻く社会環境は、低燃費化、CO2排出規制などで厳しくなってきており、2008年洞爺湖サミットでは、IEA(国際エネルギー機関)からタイヤの改良によって自動車燃費を5%削減することが提言されました。

 そこで、同社は、高度化するタイヤの開発ニーズに素早く対応するため、原子・分子レベルのゴム構造の可視化解析が可能なSPring-8・SACLA(放射光)やJ-PARC(中性子) 、2002年に運用が開始された地球シミュレータ(スパコン) などの大型研究施設を活用し、産学共同の理論研究とも合わせて「可視化・定量化実験」、「シミュレーション」、「理論」という科学的アプローチを結集させた取り組みを実施して、タイヤの素材であるゴムの構造解析を行いました。

 さらに高機能ゴム材料を新たに開発すべく、スパコン「京」を用いて不均質で偏りのあるゴム構造の特性も考慮し、広範囲の規模にまたがる分子の動きや相互作用のシミュレーションを行い、タイヤ性能のメカニズムの解明を進めているそうです。

 この一連の開発の特徴は、自社では保有できそうもない公的な大型研究施設を駆使するだけでなく、国の制度を有効に活用してコストを抑えている点です。スパコン「京」4)に関しては、利用報告書によって成果を公開すれば利用費用は原則無償となります。

 もちろん、成果の公開については慎重に考える必要がありますが、その際、技術のライフサイクル5)を考慮する必要があるのではないでしょうか。
 文部科学省の「民間企業の研究活動に関する調査報告2010」によれば、主要業種の製品・サービスの分野で特許化した技術に対して、競合他社が代替的な技術を迂回発明するまでの期間は平均3年半強(40ヶ月)しかない、と報告されています。業種別に見ると、医薬品製造業(93ヶ月)が突出して長く、鉄鋼業(55ヶ月)、学術・開発研究機関(53ヶ月)がそれに続きますが、逆に、その他の輸送用機械器具製造業(24ヶ月)、窯業・土石製品製造業(27ヶ月)、汎用機械器具製造業(27ヶ月)といった業種では、技術のライフサイクルが短いことが示唆されます。
 つまり、一つの特許で技術を独占し続けることは非常に難しいと考えられます。

 そこで上述の利用報告書による成果の公開に立ち戻って考えてみると、たしかに成果の公開は企業にとっては躊躇するところではありますが、技術は短期間で他社にキャッチアップされるとも言えますので、他社に先んじて最先端の研究開発に着手でき、コストも抑えられるというメリットの方を重視する考え方も、場合によっては成り立ちえます。
 したがって、大型研究施設を活用した最先端の研究開発を推進するにあたっては、こうしたバランスの検討が必要なのではないでしょうか。


1) SPring-8:電子を加速・貯蔵し、それにより発生した放射光を利用するための大型放射光施設。
2) J-PARC:素粒子物理、物質科学、など幅広い分野の最先端研究を行うための陽子加速器群と実験施設。
3) 地球シミュレータ:海洋研究開発機構(JAMSTEC) 横浜研究所に設置されているスーパーコンピュータ。
4) 計算化学研究機構で運用されているスーパーコンピュータ。2011年6月と11月に二期連続世界一となった。
5) 一般に、導入期、成長期、成熟期、衰退期で構成されると言われている。