化学物質管理における国と企業との関係

今日味新深(No.27:2011/03/23)

 「ナノマテリアルの安全性評価を各国がどのように推進しているのか」に関する調査を実施する機会を得て、その調査過程で産業競争力に関係した各国のスタンスの違いを感じました。

 現在、世界各国で化学物質管理の仕組みの見直しが進められ、日本でも化管法及び化審法がH20年度及びH21年度に改正されました。この改正方向に大きな影響を与えたのが、欧州のREACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)規制です。
REACH規制は2007年6月に施行され、このことにより新規、既存を問わず、欧州域内において年間の製造量や輸入量が1トンを超えている化学物質は欧州化学品庁への登録が必要となりました。製造・輸入事業者は、登録のためにその化学物質に関する情報を提出する必要があり、安全性が評価されていない物質を含む製品は販売ができなくなります。

現在、重要物質から順次登録作業が進められていますが、安全性評価と登録のために製造企業側にも非常に大きなコストが発生します。このREACH規制は、場合によれば、非関税障壁として貿易の構造に強い影響力を発揮するものなので、各国は自国が不利にならないように貿易産業政策としても強く意識する必要に迫られています。

現状のREACH規制の枠組みにはナノマテリアルの定義そのものが無く、また化学物質名による評価は実施されても形状による規定は無い状況なので、この安全性評価をどうするのかは各国共通の課題となっています。現在はOECDの国際協力ベースで各国がナノマテリアルの安全性データを整備している状況です。この中では14種類のナノマテリアルが対象となっています。

日本は単層及び多層カーボンナノチューブとフラーレンの3種類についてリーダー役を担っています。カーボンナノチューブは形状的にアスベストを連想させるので安全性評価が重要ですが、同時に産業的にも重要な材料です。そのためリスク問題のみに偏るのではなく、ナノマテリアルの「リスクとベネフィット」に関して様々な議論がなされています。また、ISOの標準化の中でも、ナノマテリアルの定義や特性評価方法等で日本からの提案も随分出ており、日本が本分野で世界をリードしたい意欲が感じられます。

日本のナノマテリアルの製造企業は、安全評価という面では産業技術総合研究所などの国の機関がリードする中で協力するという形が一般的です。一方、欧州では、例えばザ・ケミカル・カンパニーを標榜するBASFではカーボンナノチューブ等に関しては企業自ら実施した安全性評価結果を情報公開し、市民、NGO、労働組合、ドイツ政府、欧州議会に働きかけ、企業自らが安全性評価をリードする姿勢を打ち出しているようです。これはBASFのように超大手でなくともベンチャー系企業でもそのような指向をしています。

旧来からある通常の化学物質の安全性評価については、国の機関が安全性評価をリードする日本型が好ましいように思いますが、ナノマテリアルのように、物質の基本データの保有度、開発速度等に関して企業の方が充実している分野については、安全性評価を国の主導で行うと海外に比べて速度的に遅れてしまい、結果として産業競争力が確保できないのではないかとの懸念が出ています。

日本が主導しているカーボン系ナノマテリアルは各企業で様々なグローバル戦略の取り方があり、日本の民間企業が無意識に持っている従来の官主導型の役割分担を、場合によっては再考する必要があると感じました。